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不動産投資に対する疑問にお答えします

ローマ時代は平地に完全な人工の構築物として劇場や闘技場を建てたが、ギリシア時代は自然の傾斜地を利用して野外劇場を建てたのが想起されよう。 A部は、地形を読みとりながら、幾何学的な造形にもこだわる。
普通は環境にただ従うおとなしいデザインか、周囲を無視して過激な形態の実験を行うかのどちらかに偏りがちだ。 彼の場合は両方をいともあっさりと調和させてしまう。
A部のデザイン思想は、人間と環境を媒介するものとしてかたちを位置づけているからだ。 新仙台の建築シーンが活性化している。
せんだいメディアテークでは、大学の枠を超えた横断的なネットワークが形成され、全国から学生が集結する卒業設計日本一や国際的なワークショップなど、様々なイベントが催されている。 二○○二年、A部仁史のアトリエが仙台の中心から四キロ離れた倉庫街の卸町に移転し、新しい動きが起きている。
ここは一九六○年代、一帯の田んぼを卸売業のみの街に変えたものの、バブルの崩壊後、空き倉庫が目立つようになったという。 そこで卸売業以外の用途も認めるよう、規制緩和を行い、地域の再生に着手している。
当初、卸町ではビルを開発する案もあったらしいが、リノベーションを軸に様々なプロジェクトが進行している。 まず、市立勤労者センターを演劇スペースに転用した。

A部は、空き倉庫を改造し、大きな吹抜けがある設計事務所を出現させた。 まだまだ日本では珍しいタイプの空間といえよう。
ここは単に仕事の場だけではなく、地元の協力を得て、外部に開放された場として活用されている。 例えば、ゲストを呼んで、ハウスレクチャーという建築系のイベントが定期的に開催されるのだ。
二○○四年、卸町において「リノベーション・スタディーズ」というシンポジウムが開催された。 スクラップ.アンド・ビルドの建て替えではなく、増改築や転用によって既ある。
彼の発表では、卸町のこれまでとこれからの展望が語られた。 まず、自分の心地よい居場所をつくる試みとして倉庫を事務所に変えたこと。
続いて、こうしたプロジェクトを複数化し、やがて街の全域に広げていく。 「ドメスティック・アーバニズム」と命名した。
日本語に言い換えれば、上からのお役所的な都市計画ではなく、内側、あるいは足元からの街づくりとでもいうべきか。 おそらく、こうした手法とリノベーションは相性がいい。
建物を再生させるリノベーションの可能性を討議するもの。 仙台市街の定禅寺通りは、せんだいメディアテークが登場したことで話題を集めたが、二○○五年、興味深いフレンチレストラン青葉亭が加わった。

地元在住のA部仁史がデザインしたものである。 既存のビルの内部を改造したものなので、外観はない。
一階と二階をまたぐ空間に、大きな薄い鉄板を曲げながら挿入し、壁や天井がつながる、うねるランドスケープのようなインテリアをもつ。 この鉄板には、数十万個の小さな孔があけられており、その背後から光が漏れてくる。
つまり、閉ざされた面にくるまれているのではない。 鉄板を眺めていると、ほのかにイメージが浮かぶ。
通りにあるケヤキの写真をコンピュータで画像処理し、孔のパターンが決定されているからだ。 場所によっては、鉄板の向こうが透けて見え、別の鉄板や人影と重なりあうことで、動きのある奥行きを感じさせ、映像的な効果を生む。
しかも、いろいろなケヤキを用いるのではなく、同じ木の図像が反復され、ずれながら使われることで、多様な室内風景を導く。 せんだいメディアテークも、並木と共振するチューブ状の構築物をもつが、青葉亭は、ケヤキを、身体を包む映像的なスクリーンに変換している。
ギャラリー間においてA部の「BODY」展が開催されたが、その関連トークセッションで彼の空間観をよく示すコメントがあった。 柱を垂直に立てることだけが、「建築」の起源ではなく、身体を包む皮膜のようなものも重要ではないかという。
なるほど、青葉亭は柱も外観もない改装だが、これこそが別のタイプの建築の始まりだと考えることができる。 越後妻有のアートトリエンナーレ2003の作品をめぐる一泊二日のバスッアーに参加した。
なかなか効率的によい作品をまわれるだけではなく、宿の食事も意外にしっかりしていて、かなりのおトク感がある旅行だった。 アート系のイベントでありながら、現地を訪れたかったのは、北川プラムのディレクションにより、美術だけではなく、建築に関しても興味深い試みがなされているからだ。
トリエンナーレのエリアでは、活動の拠点となる施設が三つ完成した。 日本建築界の重鎮であるH広司の手がけた十日町ステージ・越後妻有交流館キナーレ、世界的に注目されるオランダの建築家ユニットMVRDVによる日本初の作品まつだい雪国農耕文化村センター、T塚貴晴とT塚由比が構造家のI田昌弘と共同して設計した越後松之山・森の学校キョロロである。
原の作品は、外部に対しては閉じた印象を与えつつ、内部は巨大な池を囲む回廊によって開放的な空間が出現する。 得意とする多様性を強調した微細な装飾がめっきり減り(ヤマトインターナショナルや京都駅など)、ミニマルなデザインに傾いているのは、時流の影響と見るべきだろう。

とはいえ、中庭の構成は過去にも試みており(武蔵野女子大学付属幼稚園や田崎美術館など)、集落を研究した原が共同体の核としてときおり構想するものだ。 むしろ、「新しさ」につながる革新性/イノベーションという意味で重要といえるのは、MVRDVとT塚建築研究所の作品である。
これらについては後で考察しよう。 アートの集合であるにもかかわらず、あえて広域のエリアに作品が展開していたために、短い期間ですべてをまわることは無理だった。
ただし、非効率的になろうとも、分散した作品をたどる過程を通して、越後妻有の風景を鑑賞する経験は悪いものではない。 ここでは美術と建築が垣根なく並列的に参加していることに驚かされた(アトリエ・ワン、S我部昌史、K泉雅生の研究室など)。
ときには建築家がアート的な試みをロジェクトという現代美術のギャラリーを活動の拠点としていただけに、建築と美術の交錯する視点としてリノベーションをテーマに連続シンポジウムを企画したものである。 ともあれ、新築ではなく、既存の構造体に手を加え、地域再生を行うリノベーションという手法も、建築の「新しさ」として重視されているものだ。
フィンランドのカサグランデ&リンターラ建築事務所の「ポスト・インダストリア十日町ステージ・越後妻有交流館キナーレ行い、アーティストが建築的な作品を制作する。 また分野にかかわらず、増改築/リノベーション系のプロジェクトが多く、しかもそれらが成功していることに感銘を受けた(クレオスの作品群、杉浦久子、緒方篤、夢の家、ロビン・バッケン、中瀬康志、彦坂尚嘉、ボルタンスキーなど)。
空き家や道路を作品の舞台として効果的に使えるのは、越後妻有のトリエンナーレが地元とのつながりを前回以上に強くしているからだろう。 以前、筆者が監修した『リノベーション・スタディーズ』(INAX出版二○○三年)の世界が実現されているかのようだった。

タマダプル・メディテーション」は秀逸だった。 彼らは、川沿いのゆるやかな坂に、コールテン鋼の壁を立て、田んぼの横に小さな公園をデザインした。

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